Saso Tomohisa.com

某大学院生(D1)。いわゆる「ホームヘルパー」の歴史研究をしています。

3月の出来事

ブログ開設はいいものの、しばらく更新もせず1ヶ月…
たまには書いてみようと思う。

この1ヶ月は祖父母の急病による帰省から始まり、沖縄に一人旅したり。

あとはひたすら労働に励んでました。

祖父母は急に胆管癌の疑いで某大学病院に緊急入院。
黄疸が出て腫瘍マーカーの数値も基準値の20倍以上に。しかし、がん細胞も見つからず、ステント入れたら黄疸も消え、おまけに腫瘍マーカーの数値も基準値になるという…意味不明。
戦争経験世代の生命力の強さには驚きの連続です。

沖縄では波照間島の居酒屋で、現地の方と意気投合。
夜中の3時まで飲んだくれるという楽しい思い出をいただきました。

島内には社会福祉サービスといえばデイサービス一件しかなく、多くが家族介護に頼っている。
実際出会った方の中には、独居する認知症高齢者の父の介護のために単身島に帰ってきた方もいた。

独居高齢者も多く、長期就労の若年労働者の自発的見守り活動によって何とか自立生活が維持されているもの、の在宅生活が困難になれば、(同じ竹富町内とはいえ)島を離れて西表島の特養に行くしかない。

僕たちと同様、介護保険料を支払っているものの、その還元がなされるリソースがそもそもないのである。

社会保険制度という、ある種その問題への了解の上で日本の介護保障が成り立っている事を考えれば、このような議論は筋違いなのかもしれない。
しかし、不公平感は現実として存在するわけで、そこは否定のしようがない。
一方で財源抑制の観点から言えば、好都合である事も否めない。
要は、彼らの支払った保険料は、自分達の周辺ではなく、都市部の事業者・利用者に還元されているということである。
もちろん、都市部住んでいても介護保険制度の問題点はあれこれ耳にする。
しかし、彼らによる非意図的な利用費抑制によって、現在危なげながらも介護保険制度は保持され、都市部の高齢者は一定程度満足のいくサービスを享受できているといっても過言ではなかろう。

日本の辺境の地で介護保障政策の闇を見た、そんな気がした旅であった。

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